富士教室へ突撃(笑い)&菩薩半跏像粗彫りから小造りへ

富士市永源寺を会場としている富士教室へ初めてお邪魔しました。

富士教室の方達とは以前から交流もあり、静岡教室と掛け持ちしているメンバーもいるため、まるで前からいたような図々しさで(恐縮です)楽しく彫る時間を過ごしました。本当に、富士の方達も気持ちの良い方ばかりです。ありがとうございました。

おかげで中宮寺菩薩半跏像は少し進みました。

中宮寺菩薩半跏像 上半身の位置決定

わずかに首を傾げています

仏像彫刻を習い始めてもう9年目となるのに、自分一人では彫り進められない現実にちょっと衝撃を感じました。自分で考える、というより自分で「ここをこれだけ取る」「ここを残す」と決断することができないんだな。まだ恐々と前に進む状態で、先生に決めてもらわないと失敗しそうで怖い。

失敗したからといって人生に何の支障もないのにね。

まあ、本格的な仏像はまだ5体目だから決定的に経験不足なのは確か。今回なんて顔を作るのは2年ぶりで、すっかり忘れちゃってます。仏頭から練習し直さないと?なんて思うほど。年数は経ってるけど数はこなしてない、のんびりな私です。

菩薩と如来 装飾の有る無し

同好会でもたまにそんな話が出たりするし、前に何かでも読みました。

修行を終え仏となった如来はもはや己を飾る物は必要ない。従って如来は装飾無し。他方、まだ修行の最中である菩薩は人と同じように装飾品を身に付けている(持物とは別の話です)。

菩薩の代表が地蔵さんや観音さんで、彼らは首飾りやら宝冠やらを身に付けています。人であった頃の名残なのでしょうか?対して、如来の代表である阿弥陀さんは確かに衣だけで飾りはありません。大日如来だけは例外とのこと。なぜ例外なのかは…各自調べてください。

瑠璃観音

首飾りと宝冠 瑠璃観音


大日如来

首飾りと宝冠 大日如来

仏さまって、元々は人間なんですよね。日本でも海外でも神は生まれながらにして神であって人は(基本的には)神にはなれない。菅原道真のような例外もありますけど。でも、仏には修業すればなれる、と認識しています。そこが仏教の救いなのかもしれません。

自らの修行を中断してまで衆生を救いにやってきてくれる菩薩は、如来とはまた違う魅力があるのでしょう。

1尺(30cm)と6寸(18cm)

2017年8月4日 [CAT習作] [要素:, , ]

今作っている仏頭は1尺の聖観音と同じ大きさです。1尺は約30cmで、仏像の場合は足底から額の白毫までが1尺となります。なので頭のてっぺんまでだと30cmよりもう少し大きくなります。

6寸(約18cm)の瑠璃観音の顔と比べてみました。高さにして6割ですが随分大きさが違います。顔の大きさ4倍くらいある?
1尺と6寸

1尺の仏像は、実際に作るとなると「うーん、大きいなぁ」と感じるサイズです。作ろうと思うには気合や勢い(笑い)が必要。でも飾ると見映えするサイズでもあり、展示会に出すなら1尺は欲しいと感じます。

私は用材の都合から6寸の物しか作ったことがないのですが、1体くらいは1尺で作ってみたいです。木材の値段とか技術的な事とか完成後の置き場所とか、色々ネックになる事はあるのだけど。

大きければ細かい部分は作業しやすいけれどもバランスが崩れやすく、小さければバランスは取りやすいけれども細かい作業が大変です。大きくても小さくても難しい部分があるのですな。

聖観音仏頭 ちょっと手直し

2017年7月6日 [CAT習作] [要素:, ]

まん丸顔を何とかすべく、口元から頬にかけて、下げてみました(写真中央)。更にこめかみ付近を少し細くしてみました(写真向かって右)。自分としてはすごく頑張って削ったつもりなのですがこうして写真に写してみると、気持ち程は変わってない…。
聖観音仏頭手直し

こういうのって手本と比べて見ても違うのは分かるものの、具体的にどこをどうすればその形になるのか分かりません。他人が見れば修正するポイントが分かるのに。人の事は見えるけど自分の事は見えない…まるで人生みたい(^^;

聖観音仏頭完成 しかし失敗

2017年6月30日 [CAT習作] [要素:, ]

瑠璃観音の練習として作った仏頭。できたけど、先生からは最も根本的な部分でのダメ出しがありました。耳たぶの下の位置とあごの位置が揃っていなかったのです。

可能な限り修正はしてみたものの、あご下を短くした分、今度は顔がまん丸になってしまって、気に入らない…。仏さまの顔は面長でないとね。
聖観音仏頭 失敗作

ですが、先生の話を聞いたところでは、造作の出来不出来より、最も基本的な事柄を守ることの方が仏像を作るうえでは大事なように受け取れました。つまり、寸法や配置や型の決まりがまずありきで、彫り方の技術的な話や見た目の良し悪しはその次。アマチュアには許されてもプロ(を目指す弟子含む)には許されない初歩的ミス、といった感じ。

あ、私、本格的な仏像彫刻についてはアマチュアなんで、可ということで。えへへ。

仏像は寸法が相対的な比率で決められています。中の嶋田園鉄道さんの仏像彫刻の方法に分かりやすい解説があります。更に、その寸法を基に各パーツの位置関係も決められている部分があります。耳とあごの位置関係もそうです。

こういう決まり事というのは長い時間をかけて積み重ねられてきた「最も美しき形状」なのだろうと思います。宗琳さんが著書の中で「個性とはき違えて滅茶苦茶にしてくれるな」と書かれていたのもきっとそういう部分なのではないかなと。

それはさておき、今回は耳の位置を間違えて書き込んだのが原因のようです。他にもサイズを間違えていたような。納得がいかないのでもう1回作ってみます。小さめの木にしようかとも思いましたがやはり条件を同じにしないとどこが悪かったのかきちんと確認できないでしょうから、仕方ないので(?)またこのサイズでやってみましょう。

なんせこの仏頭、1寸用と同じサイズなので大きくて、細かい部分は作業しやすいのですが大きい分、バランスを取るのが難しい…。彫るのに時間もかかるし。髪の毛の線を入れるだけで2時間かかりました。いつも小さい物ばかり作っているもので(笑い)。

こんな風に寄り道ばかりしているから本体が進まないのですね。はい。