形の先にあるもの

2019年4月17日 [ CAT 雑記] [要素:]

東寺展の帝釈天騎象像を見ながら思いました。私はこれを見てどこに美しさを感じるのだろう。形…だけではないよね、きっと。もちろんこの形は好みだし、素晴らしいと思うけれども。

東寺の帝釈天騎象像

東寺展HPより拝借

子供の頃、いつも思っていました。なぜ大人は成績とか体格とか表面しか見ないのだろう、なぜその人(子)の中身を見ないのだろう、と。

やがて成長して10代に入ると、それは大人だけでなく同年代の子でも同じだと気付きました。表面しか見ない人のなんと多いことか。表面に振り回される人のなんと愚かなことか。自分自身も含めて(多感な10代は複雑なのです)。

成績が良い、顔立ちが整っている、体形がきれい。…それで?
それはそれで素敵な事だけど単なるひとつの要素に過ぎません。その人の存在を形成する要素のひとつ。それを人としての価値そのもののように扱うのはおかしいよなぁと青臭いティーンエイジャーはずっと感じていました。大切なのは中身なのに。

そして50代に突入した今でも、その認識は変わりません。

だからこの帝釈天も単なる形に感動しているのではないと思うのです。形もさることながら、そこからにじみ出る何かに美を感じているのでしょう、きっと。もしかしたらそれは、作った人の魂の輝きかもしれません。
以前、先生がおっしゃった「仏像彫刻は形ではない。心が大事」というのはそういうことなんだろうなと、改めて思います。

形に敬意を払い、形を追求していくその先にある何か。人の心に届く何かを目指して、これからも彫っていきます。ありがたいことに、その思いを理解してくれる人がいてくれる。

そのためには、とりあえず腱鞘炎治ってください;;>自分の両手
そう思うなら手の使い方を直してください<自分の両手

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