「やってみたい」と「やりたい」の違い

2018年5月21日 [ CAT 仏像彫刻周辺の話] [要素:]

好奇心は強い方でして、やってみたいと思う事は多々あります。「やってみたい」と「やりたい」の違いについて考える機会がありました。

私が思うに、「やってみたい」は純粋な好奇心から、自分に合うかどうか面白いかどうかも分からないけれど興味があるから試してみたい・体験してみたい時で、「やりたい」は自分に何らかの確信がある時。以下、趣味の場合で考えてみました。

私は「やってみたい」場合なら、できるだけ手近な道具で代用しお金をかけずに試してみるようにしています。高い道具を揃えておきながら1回やって「やってみたら合わなかった」「1回やってみてもう満足」ではもったいないし、それを重ねていくと家の中が物であふれてしまうから。イメージとしては、腰を引いて片足をそっと入れ探ってみる感じ。

「やりたい」場合は、道具も初級用とか中級用とかレベルに合わせて揃えます。真に技術力の高い人は道具も選びませんが、初級~中級では道具の良し悪しに影響される可能性が高いので。でも本当の初心者は道具がどんなに良くても関係ないかも。イメージとしては腰を入れて両足とも踏み込む感じ。

仏像彫刻の教室も、入れ替わり立ち代わり「やってみたい」人が参加しています。体験教室があれば手持ちの彫刻刀で参加し、面白いと思えるかどうか試してみれば、続けてみたいかどうかも分かるでしょう。上手な試し方じゃないでしょうか。ただ、できれば手を付けた物を仕上げるまでは続けるつもりで試してほしいな…とも思います。あの達成感を味わってほしいから。

私は仏像彫刻を(というか木彫を)やってみようと思い立って教室に入った際、彫刻刀がなかったので7本3800円のセットを先生から買いました。1体は仕上げるつもりだったから半年やって乗馬へ移る予定が、同席の老紳士達とのおしゃべり(というより話を聞いて過ごす時間)が楽しくてついつい、そのまま居つく結果に。
第1作・制作期間7ヶ月

その後3年間はなぎなた刀を2本買っただけ。更にその後、本腰を入れるようになってから少しずつ必要な刀を買い足しました。今でも最初に買ったセットの刀を使っております。三木章の製品らしいですが初心者用の割によく切れます。

趣味なんて(本当は仕事も)、やってみなけりゃ分からない。仏像彫刻の教室を継続する人は少ないですが、(個人的には寂しいけど)それでいいのでは。10試して1当たれば御の字じゃないですかね。
大日如来前

それにね、全く未知の経験に対して「できるのか」なんて考えるのはナンセンスだと思うのです。だってやったことないんだから分かるわけない。でも大人ってそういう質問するんですよね。可能性をやる前からふさいでつぶしちゃってる。

なーんて、とりとめもなくつらつら考えていたのでした。

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