傾きに気付く時

2018年9月21日 [ shopのあれこれ] [ ]

注文後制作について、ずっと悩んでいます。

小さな仏さま作りを「仕事」として認識して以降、「暮らすこと」から小地蔵さん達が分離してしまいました。それだけならまだしも、特にオーダーメイドに対しては、自分で自分にとんでもないプレッシャーをかけてしまって。期日(といっても私が心の中で決めるのだけど)までに仕上がるだろうか、更には注文してくれた人が納得して気に入ってくれる物が作れただろうかと考えるだけで、心拍数上がります(^^;
蓮の花

小地蔵さん作りを「仕事」と言えるのはとても幸せです。そしてオーダーしてもらえる事はものすごくうれしい。なのに、それと同時に苦しくも感じてしまう自分の問題。

思い入れあればこそ、なわけですがちょっと肩に力入り過ぎ。きっと、続けていくうちに力みが抜けてもっと自然になれるでしょうけども。

…とここまで下書きしてあった状態で、岸見一郎さんの講演会に参加しました。岸見さんはアドラー心理学研究の第一人者で、机上の理想論でなく自ら実践してきた体験談としてお話をしてくださいます。だからとても実用的。その在り方が私はとても好きで、人間関係に悩みもないのだけど岸見さんに会いたくて行った次第です。

講演を聞いている時に気付きました。自分が傾いていることに。他者の評価を気にして自分を見失っていることに。そしたら、何かが吹っ切れて視界が開けました。

人の役に立ちたいという気持ちは、ともすると強くなりすぎて、他者の意向を気にするあまり自分を殺すことにつながります。自他のどちらが欠けてもダメで、そのバランスが重要なのでしょう。今の私は、自<他に傾いていました。自分にとってちょうど良いバランスに持っていこうと思います。

心の痛みを包み込む存在として小地蔵さん・小毬ちゃんを持つのであれば、やはり注文後制作の方が、持つ人は納得いくと思うのです。その事こそが大切。だからそれは続けたい。その一方で、人の要望に合わせることが苦手な私にどこまでできるのだろうかという不安もあります。

目指すべき方向は見えたもののまだ具体的な結論は出ていません。注文後制作に関してはしばし迷走するかもしれませんが、真剣に考えるが故のこととご容赦ください。
祈りの小地蔵さん

ちなみに、私の意識を明確にした岸見さんの言葉は「仕事上での評価はあなた自身の価値に何ら関係ない、全く無関係なものだから、他者からの評価を気にしなくていい」でした。

うれしそうな仏さん

毎回感じるのですが、小地蔵さん達って行き先が決まるとすごくうれしそうなのです。やる気満々なこともあれば、ウキウキしているときもあり、とにかくうれしそう。いえ、私がそう感じるだけで実際は何も起こっていないのですが。

発送のため箱詰めする際に、私はこう語りかけます。
「〇〇さんの所へ行くんだよ。〇〇さんのためになってね。頑張って!」
その時に、うれしそうな感覚を受けるのです。もちろん、注文制作で最初から行き先が決まっているコは最初からウキウキ感が伝わってきます。

何ですかね。地中にて静かに待っていたふきのとうが、春の訪れで芽を出す感じでしょうか。仏本来の力を発揮する場を与えられた喜びでしょう。心底、仏さんなんだなと思います(当たり前ですけど)。人のために在るのが神仏ですから。

小毬ちゃん+蓮華座

たまには蓮華座に乗ってみる

小地蔵さん・小毬ちゃんを迎えてくださった皆さま、本当にありがとう。仏さんに代わって御礼申し上げます。

座布団一丁

裁縫は面白いと思うけれども技術的には初級です。とりわけ手縫いは…ね。それでも、得意とは言えないながら必要に応じて必要な物を作ったりします。小毬ちゃん付属の座布団も、決して好んでやっているわけではなく、ただ小毬ちゃんにはこれが合うから・必要だから作っています。
小毬ちゃん

これがなかなか難しい作業でして…私には。

金襴という生地は扱いが難しいですね。人から譲り受けた雛人形の工房で使っていた金襴は見た目だけでなく生地もしっかりしていて、あまりほつれてこなかったのに、自分で買った最近の金襴はひどくほつれます。質が違うのでしょうか。縫っている内にどんどん糸が抜けてきて縫い目が崩壊したり、その厚さ硬さ故に縫い上りがバラバラの大きさだったり。6角形が歪むのは常です。

やる度に、これは難しいなぁ…誰かやってくれないかなぁと思ってしまいます。

ですが、座布団があるとおまけにつけることができたりして、何かと便利なのも事実。苦手を押して作っておいて良かったなとも思うのです。何より、布が美しい。
敷物色々

私の技量でも問題ないくらい扱いやすい生地でちょうど良い模様・材質があればいいのですが。布を眺めるのは楽しくて好きなんですけどねぇ。金襴を加工するのはそれなりの技術が要ります。

それでも少しずつ上達はしているみたいなのでとりあえず、下手くそ!とけなさず温かい目で見ていただけると助かります。裁縫上手な方は自作品と取り換えて使っていただく方が良いかと(^^;

下の写真をクリックするとお買物の座布団ページが開きます。小地蔵さん、小毬ちゃん付属の円形台座や橙座布団は別の物に交換することができます。
小毬ちゃん使用例

いずれ、と思っているなら今やればいい

2018年3月28日 [ 小地蔵さん] [ ]

ルアー制作されているデンキチさんのブログを読んでいて、過去を懐かしく思い出しました。先にも書いた通り、私は以前からルアー制作に興味を持っておりました。全然釣りはやらないんですけどね。作るのが面白そうで。

5年前、祖母が亡くなり、棺の中に仏さまが付いていてくれることの遺族への安心感をまざまざと感じていました(自己紹介参照)。棺に入れてやれる仏さまがあったらいいなと思いました。

ただその時はまだ「仏像彫刻で人の助けになれないかな」程度のぼんやりしたイメージのみで具体的な構想は無く、10年後には開業していたいというくらいの認識だったのです。更には、きちんとした仏像が彫れずして人の役に立てる仏さまを作れるものか、とガチガチに考えていました。まだ本格的な仏像を彫ったことのない段階でしたから。

5地蔵

仏像制作はこのレベルだった頃の話

何かしたい気持ちはあれど何をしていいのか分からず、ただ時間だけが過ぎていた頃、1人の友人が心の支えを必要としているであろう状況に置かれました。贈っても重くならない物を作ろうと、おだまき地蔵を初めて作りました。それが第1歩。

そこからオリジナル制作に向かって少しずつ少しずつ進んでいきました。

それでもまだ開業する覚悟はなく、相変わらず10年後に押しやっていたある日。通える距離の会社でルアー制作業務の募集が出ました。そこは高品質な製品作りに意識を置いている事がうかがわれ、海外へも販売している会社でした。仕事の内容も、会社の姿勢も、いいなと思いました。

実際に応募するつもりで応募理由を考えた時に、「いずれ開業したいので製品作りに携わることでその勉強も兼ねたい」という言葉が思い浮かんだのですが、その時思ったのです。
いずれやるつもりなら今からやればいいんじゃないの?何故わざわざ遠回りするの?

準備万端になるまでそんなに先延ばしにする必要が一体どこにあるんだろうと考えたら、どこにもありませんでした。そもそも10年後に生きている保証なんてない。だったら今から始めよう、できる事をやってみよう、そう思いました。

そしてすぐに開業のための準備を始め、開業届けを出しました。それが3年前。実際の販売開始までにはそれから8か月かかりましたが、その間もオリジナル作品の向上に努めました。第1歩からの1年半、試作品を受け取ってくれた友人・知人・親戚に助けられました。
母の小地蔵さん

ルアーが、腹をくくるきっかけでした。今思えば、釣りをしないのだからいくらルアーを作っても釣り具として役に立つかどうか分からないよなぁと。見た目がそっくりなのと動かした時にそっくりなのとでは、違いますもんね。自分で使わないと微調整は難しい気がするのです。やはり作るべきは自分でも使う物。

あの時、動き出して良かったなと思います。やらない理由を考えるより、やれることを探して試してみる方がずっと幸せ。

6地蔵 de 訳あり

2018年1月26日 [ 小地蔵さん] [ , ]

母のお供用とは別に作った展示用6地蔵です。使った材は、小地蔵さん・小毬ちゃんサイズにカット済みだが商品にも贈り物にもできない外観の物。
6地蔵 de 訳あり

切り出してみないと分からないことって多くてね…。使うつもりで切ってみたら「これはちょっと他人様用には難しいか」と思う事もあります。ヒノキの家になれなかった木材をできる限り使いたいと思いつつも、その見た目故に形にしてやれない材があるというのは私の中では矛盾であり、引っ掛かりであります。

でも、木だって仏さまの形として表されればうれしいと思うのです。今回はそういう材で6地蔵ができました。ヒノキも喜んでくれているはず。シミのように見える着色部は時が経つのと共に目立たなくなります。目立たないどころか、深みのある味わいになることでしょう。
外観のためにはじかれた材

見た目による優劣から解放された6地蔵さん達はどことなく誇らしげです。