友人宅で蓮生育中

2019年7月3日 [CAT雑記] [要素:]

過去に蓮を枯らした私でありますがまたしても蓮の種をもらいました。もう1回挑戦するか?いやいや、これはもう、園芸音痴でない人に育ててもらいましょう。

というわけで、友人達の下へ嫁いだその蓮の種。現在こんな様子だとメールをもらいました。育つものと育たないものとあったようです。この先も育ってくれるよう皆様、一緒に祈っててください。
芽が出た友人宅の蓮

ちなみにこれは富士宮できらきら(整体)を営む織江さんが育てているもの。織江さん、腕も頭も人柄もいいんですよ。

レタスの種

2019年6月17日 [CAT雑記] [要素:]

レタスの種
まるでタンポポのようなこれ。レタスの種って綿が付いてて飛ぶって知ってました?私は自分で育てるようになって初めて知りました。タンポポもレタスも同じキク科だから似てて当然、か。

ちなみにこれはサニーレタスです。丸くなる玉レタスは育てるのが難しいらしいですが野性的なサニーレタスは勝手に育ってくれて園芸音痴の心強い味方です。もっとも、生野菜があまり好きでない私はあまり食べませんけど。軽く苦味あるしね(苦みも嫌い)。

もうひとつついでに言っておくと、生野菜はあまり食べないけどだからといって野菜を食べないわけじゃありません。ここ誤解する人が多いんですよ。生野菜を食べない=野菜を食べない、ではないですからね。みんなそんなに生野菜ばっか食べてるんですか?

うちじゃ普段、肉は食べないし魚も月に数えるくらいでおかずは野菜がほとんどです(肉は外で食べるごちそうの位置づけ)。野菜は火を通すか塩もみします。大量の葉っぱを見ると「あたしゃ青虫じゃねーよ」と思ってしまって(笑い)。でもこれからの時期、キュウリに味噌付けて食べるのは楽しみです。

そうそう、冷え性の方は生野菜避けた方がいいですよ。トマトジュースも。食べる物で体温はずいぶん変わりますから。

仲間としての勲章

2019年6月11日 [CAT雑記] [要素:]

過日、仏像彫刻仲間(現在は彫刻を引退して忘年会要員)が国から表彰されました。静岡新聞では写真入りで報道されてました。

藍綬褒章(らんじゅほうしょう)という勲章だそうです。私はそういうのに疎いもので、そう聞いても「何や分からん」ですが長年の社会貢献を称えるものらしく、活動分野別に色の名前が付いているそうです。藍は教育、医療、社会福祉、産業振興とありました。

その方は長年、いのちの電話や少年院での傾聴活動をされてきました。時にはやりきれない気持ちになることもあったみたいですが、前向きな視点を持ち続け、しっかり切り替えて別の活動をすることで続けてこられたように感じます。

また、ただボランティアを続けていただけでなく、少年たちの心にもっと寄り添いたいと80歳過ぎてから大学で心理学の聴講を始め、花の女子大生♪(←古いな)となりました。それが更に小泉八雲の紙芝居読み聞かせ活動へとつながり、新しい活動へと幅を広げていきました。

その方がよく言っていたんです。「仏像彫刻の教室へ行くだけで心が軽くなる」って。私も同感。どんなに辛くても仲間と一緒に過ごす4時間で心が晴れてきて、新たに動きだせると。守秘義務があるから具体的な話はできなくてもその場にいるだけで気持ちが楽になっていく、仏像仲間が作るのは不思議な場です。

そしたら、勲章の陰には仏像彫刻仲間の功績も少しだけあるのかな?私としては、勲章をもらった(国に表彰された)からというよりは、その方の真摯な想いと活動を適正に評価されてうれしいです。

仏像彫刻仲間も一緒に表彰されたような、とてもうれしい出来事でした。

岸見一郎講演会『成功ではなく、幸福について語ろう』

2019年6月7日 [CAT雑記] [要素:]

昨年、岸見さんの講演を聞きました。今年もあるんですね。質問の時間もありましたよ。

日時: 6月22日(土) 14:30~16:00
受講料:3,240円+108円
会場:静岡新聞放送会館 18階
詳細はSBS学苑静岡校

友達の定義

2019年6月5日 [CAT雑記] [要素:]

先日、友人と「友達って」な話をしました。以下、私の友達観です。

私にとって友達とは、損得勘定のない関係。義理しがらみとも遠い関係(義理で動くのは知人)。だから友達を利用して利益を得ようとする人とは付き合えないし、人として対等であろうとしない人とも(それが上であれ下であれ)難しい。心から大切に思い誠実であることを心掛けています。それが通じるのが私にとっての友達。

じゃあ、仲間って何だろう?とも考えました。仲間は私にとって、同じ方向・身近な目標目指して共に活動する人たち。これももちろん個々の利害関係無し。

仲間と友達、違うのかと言われたら大体同じです(笑い)。友達の方がより私的な付き合いをする点と、一緒に何かの活動をするとは限らない点が相違点かな?行動区域が違います。でも最も重要な価値観とか在り方が同じ方を向いている点では同じです。

私の場合、人間関係の選択では「SNS無しでも関わっていける人」というのも必要。

私、携帯電話を持たない主義です(でも実は20年前には持ってました)。ネットは使うし便利だと思うけれども電話や手紙しか連絡方法がなくてもいいから、「つながり」を強調するSNSに頼らなくても連絡できて話の出来る人。SNSはとても便利だし手段として優秀だと思うけど、便利じゃなくても関われるかが私には大事。

コースター上の仏さんたち

仲間…?

友達って、「作る」ものじゃなくて「なる」ものだと思っています。あいさつから始まって、関わっていく内により深い話をするようになって、いつからか友達に「なって」いるものだと。だからSNSやショートメッセージ使えないなんて面倒くさい、と思うならその人への興味はその程度だと認識してます。連絡が不便でもそれでもやり取りしたい、と思えるかどうかが最初の一歩じゃないのかな。

友達少なくても私は、幸せです。量より質だと思います。友達は自分で選ぶことができます。恋愛でも友情でも何でも、真に信頼できる人と真摯に関わっていけることこそ、幸せだと思うのです。