たとえ神仏の求めであろうとも

2019年4月5日 [CAT小地蔵さん] [要素:]

以前から広報部隊を連れ出して皆さんに見てなでてもらっているわけですが、時々こんな言葉をかけていただけます。「私、この子に呼ばれてる」「前に見てからずっと気になってた」「この子が目に浮かぶ」…その「この子」がこれ。
広報部隊第1号

蓮華座に乗った合掌の小地蔵さんです。広報部隊第1号。たもとに節の跡が残ってしまい販売する商品とはせずに残留しました。友人たちの夢や瞑想にも時々出没すると聞いてます。私の代わりに会いに行ってる?

さて、見えないものと話せる人や感覚の敏感な人には何かが伝わるのでしょう。そしてその方たちは必ずこう悩みます。「仏さまが呼んでいるのだから買うべきでは」。心優しい素直な方々なのだと思います。

で、そんな時はこう返します。「心が決まるまで待って、次の機会までちょっと様子を見てはどうでしょう」。

お金儲けがしたいなら買うように勧めますよ。「一期一会」なんて言葉で追い詰めれば焦って買う人もいるでしょうよ(ひでーな)。

でも天先案内人の活動目的はそこじゃない。私がこの「活動」(あえて仕事とは言わず)を続けているのはこれを持つ人の幸せを願うからです。そして私の考える幸せの第一条件とは、自分の人生を自分の意思で生きること。自分で悩んで決断して腹をくくって何かを選び(=それ以外は捨てて)進むこと。どんな小さな事でも。結果に関わらず。

たとえ仏が「私を手元に置きなさい」と言おうが、自分自身がそれをしたいと思わないならやる必要はありません。「したい・やりたい」と思ったらそうすればいいのです。

他者の「こうするのがベスト」という言葉にそのまま従うのは自分の人生を生きているとは言えないでしょう?自分で決めてこそ、自分の人生です。神が何を言おうが、仏が何を言おうが、親や世間や国家が何を言おうが、自分の人生は自分で決める。やるもやらぬも、どの選択肢を選ぶかも。自分で決めていいんです。自分の人生だから。

あとは、自分で決めたらその結果も自分で受け入れる覚悟を決めるだけ。他人のせいにはできないですから。自由と自立はセットです。私もそこに向かって進んでいるつもり。

あ、人生には自分で選べない物事もたくさんありますけど、それは今できる事だけを精一杯やってあとは天に任せるのみ。選べないことを「選べなかった」と悩むのはやめて、今選べることを自分で選びましょう。

話を小地蔵さんに戻すと、人間って本当に欲しいものは他人が止めても手に入れますよね。どうしても買いたい物は他人に意見を聞きませんて。悩むという事はどうしても欲しい・必要ではない可能性が高いと私は思います。

もっとも、どんな経緯・状況であろうがそれに関わらず仏さまは変わりなく寄り添ってくれます。手元に来たならそれが縁。何を選択しようとも分け隔てなく、より良い生き方へのサポートをしてくれることでしょう。

心の底から欲しいと感じたらぜひ買ってくださいね。小地蔵さんを介したやり取りが「私はどうしたい?」と自分の心に向き合うきっかけになれば幸いです。

お帰りー

2018年11月19日 [CAT習作, 小地蔵さん] [要素:]

立川の展示会へ出していた仏さんたちが帰ってきました。沢山の人に見てもらえたかな。良かったね。
お帰り 瑠璃観音とミニ六地蔵

瑠璃観音はまだ途中なのでこの状態で出しました。あとは下框(かまち)を成形してその足と、光背を作らなくてはなりません。彫刻刀を持てるようになるまでもう少しかかりそうですが。

今回は晴れ姿を見に行けなくて残念でした。このコ達はどんな仏さんたちと出会ったのでしょうか。

うれしそうな仏さん

2018年9月7日 [CAT小地蔵さん, こまりちゃん] [要素:]

毎回感じるのですが、小地蔵さん達って行き先が決まるとすごくうれしそうなのです。やる気満々なこともあれば、ウキウキしているときもあり、とにかくうれしそう。いえ、私がそう感じるだけで実際は何も起こっていないのですが。

発送のため箱詰めする際に、私はこう語りかけます。
「〇〇さんの所へ行くんだよ。〇〇さんのためになってね。頑張って!」
その時に、うれしそうな感覚を受けるのです。もちろん、注文制作で最初から行き先が決まっているコは最初からウキウキ感が伝わってきます。

何ですかね。地中にて静かに待っていたふきのとうが、春の訪れで芽を出す感じでしょうか。仏本来の力を発揮する場を与えられた喜びでしょう。心底、仏さんなんだなと思います(当たり前ですけど)。人のために在るのが神仏ですから。

小毬ちゃん+蓮華座

たまには蓮華座に乗ってみる

小地蔵さん・小毬ちゃんを迎えてくださった皆さま、本当にありがとう。仏さんに代わって御礼申し上げます。

いずれ、と思っているなら今やればいい

2018年3月28日 [CAT小地蔵さん] [要素:]

ルアー制作されているデンキチさんのブログを読んでいて、過去を懐かしく思い出しました。先にも書いた通り、私は以前からルアー制作に興味を持っておりました。全然釣りはやらないんですけどね。作るのが面白そうで。

5年前、祖母が亡くなり、棺の中に仏さまが付いていてくれることの遺族への安心感をまざまざと感じていました(自己紹介参照)。棺に入れてやれる仏さまがあったらいいなと思いました。

ただその時はまだ「仏像彫刻で人の助けになれないかな」程度のぼんやりしたイメージのみで具体的な構想は無く、10年後には開業していたいというくらいの認識だったのです。更には、きちんとした仏像が彫れずして人の役に立てる仏さまを作れるものか、とガチガチに考えていました。まだ本格的な仏像を彫ったことのない段階でしたから。

5地蔵

仏像制作はこのレベルだった頃の話

何かしたい気持ちはあれど何をしていいのか分からず、ただ時間だけが過ぎていた頃、1人の友人が心の支えを必要としているであろう状況に置かれました。贈っても重くならない物を作ろうと、おだまき地蔵を初めて作りました。それが第1歩。

そこからオリジナル制作に向かって少しずつ少しずつ進んでいきました。

それでもまだ開業する覚悟はなく、相変わらず10年後に押しやっていたある日。通える距離の会社でルアー制作業務の募集が出ました。そこは高品質な製品作りに意識を置いている事がうかがわれ、海外へも販売している会社でした。仕事の内容も、会社の姿勢も、いいなと思いました。

実際に応募するつもりで応募理由を考えた時に、「いずれ開業したいので製品作りに携わることでその勉強も兼ねたい」という言葉が思い浮かんだのですが、その時思ったのです。
いずれやるつもりなら今からやればいいんじゃないの?何故わざわざ遠回りするの?

準備万端になるまでそんなに先延ばしにする必要が一体どこにあるんだろうと考えたら、どこにもありませんでした。そもそも10年後に生きている保証なんてない。だったら今から始めよう、できる事をやってみよう、そう思いました。

そしてすぐに開業のための準備を始め、開業届けを出しました。それが3年前。実際の販売開始までにはそれから8か月かかりましたが、その間もオリジナル作品の向上に努めました。第1歩からの1年半、試作品を受け取ってくれた友人・知人・親戚に助けられました。
母の小地蔵さん

ルアーが、腹をくくるきっかけでした。今思えば、釣りをしないのだからいくらルアーを作っても釣り具として役に立つかどうか分からないよなぁと。見た目がそっくりなのと動かした時にそっくりなのとでは、違いますもんね。自分で使わないと微調整は難しい気がするのです。やはり作るべきは自分でも使う物。

あの時、動き出して良かったなと思います。やらない理由を考えるより、やれることを探して試してみる方がずっと幸せ。

小地蔵さん瞑想

東京・門前仲町にある陽だまりのしっぽ駐在の小地蔵さん&小毬ちゃんズ。写真をクリックすると駐在初日の様子が描かれたブログ記事へ飛びます。

なんと「小地蔵さん瞑想」と銘打たれた瞑想のお手伝いをしております。これはサロンのオリジナルなのですが、なかなか好評のようで、私もうれしく思います。ただ展示されるだけではなく、人の救いとなれれば仏さまも本望でしょう。

手元に小地蔵さん・小毬ちゃんがある方はぜひ手に取ってみてください。静かに息を吸って長ーく吐いて、呼吸することに集中。何かの考えが浮かんでも、それを葉っぱに乗せて川へ流してやれば(イメージね)いいですよ。煩悩に火を着けて盛大に花火として打ち上げていた(イメージね)友人もいます。
それでも何か考えてしまうようなら、息を吸うと光が体に入ってきて、吐くと手の平からあふれ出すイメージを全力ですれば、余分な事を考える暇はありません。サロンの瞑想とは違いますが、これなら1人でもできますから。

座禅や瞑想の効能については、ほんの数分であっても日常の思考から解放されることで脳はリフレッシュできるのだとNHKで紹介されていました。小地蔵さんを手に持つことでより意識を集中しやすいだろうと思います。

人を救ってこその仏。職場でも個人宅でも、見かけは簡素であっても仏としての仕事を存分にさせてもらえるうちのチビっこたちは幸せです。とりわけ、訳ありの面々がこうして人の役に立っているのは本当にうれしいしありがたい事です。

友人の運営する陽だまりのしっぽでは、サロンにて小地蔵さん&小毬ちゃんを常時展示してくれています。実物を見て触ってみたい方はぜひ。講座中は対応できませんのであらかじめ確認して行った方がいいと思います。