瑠璃観音 額に白毫入りました

2018年6月15日 [ 習作] [ ]

これで本当に完成です。今回も白毫(びゃくごう)は小さな水晶をはめ込んであります。小地蔵さんみたいに、何も入れず軽く彫り出すだけでもOKです。
白毫の入った瑠璃観音

でもこうして見ると黒く見えちゃいますね…。本には、白く見えるよう底面を白く塗ると書かれていたので白い紙を底に敷いてみたのですが、全然効果なし。先輩曰く「水晶の埋め込む部分をペンキで白く塗るといいよ」。

それと、今回は2.5mmの水晶を使ったのだけど2mmでも良さそう。私は大き目の白毫でも気にならないけど、本で見るバランスはもっと小さいので。

水晶の大きさを選ぶ時に、一応額へ当ててみることはしたのですが、白毫用の水晶ってすごく持ちにくい形なので、この形で当てて見てちゃんと確認するのは無理でした。なので次への覚書としておきましょう。多分、同じことを地蔵菩薩でも白衣観音でも思ったはずなのに、学習しない私でした(^^;

3度目の…

2018年6月1日 [ 習作] [ , ]

地蔵菩薩白衣観音瑠璃観音と宗琳さん作品を3種類(4点)作ってみて心底身に沁みたこと。それは、宗琳作品を6寸で作るべからず。

少なくとも1尺(30cm)は欲しいです。宗琳作品は装飾が細やかでとても6寸の大きさでは表現しきれません。小手先の作業になってしまう私レベルには6寸じゃ無理。っていうか、今頃理解したわけ?

6寸地蔵菩薩立像完成正面

地蔵菩薩

白衣観音2体
母の白衣観音自分用白衣観音 正面

瑠璃観音

3度目の正直ならぬ、3度目でやっと思い至った己の未熟さって感じ(^^;。次はもっと簡略な彫りの作品にしようと思いつつ、昨秋、仏教美術展で見た宗琳作品の吉祥天にも心惹かれているのでした。←懲りない

瑠璃観音 本体とりあえず完成

2018年5月28日 [ 習作] [ ]

この数ヶ月間一体何をしていたのかと思うでしょうが、何もしてなかったんです(笑い)。他にやる事が山ほどあって趣味の仏像を彫る余裕がありませんで…。もうこれで完成としちゃいましょうと決めました。これはもう完成しないのではないかと思ったこともあるくらいなので、終わらせることができただけで上出来です。


あと、もう少し表面をきれいにしたい所がありますので、もうひと手間ではありますが。

問題の指ですが、手首から切って付け替えるつもりで作り直した手が気に入らず結局、指先だけくっつける形になりました。1本だけだとグラグラしてダメでしたが隣の指も先をカットして木材を一緒にくっつけたら加工できる強度には固定できました。前から見ると分からない程度にごまかせましたよ。横から見ると分かっちゃいますが。

この付け替えた指、本当はもっと角度が寝ていなければいけませんでした。これじゃ指を曲げ過ぎ。基本の仏手で確認するとよく分かります。まあまあ、そんな部分は山ほどありますけども、良しとしましょう。※仏手が載っているのは「仏像彫刻のすすめ」です。

これから光背・台座作り。本体に1年半かかったからもう半年くらいかかるかな?次は何を作ろうかと考えつつ、のんびりやっていきます。

やはりダメだった…

2018年4月16日 [ 習作] [ ]

指先だけ木材を追加した瑠璃観音。ボンドを付けた部分はしっかり固まってもその下の木目が割れる方向になっているため、彫刻刀で力を掛けるとはがれるように割れてしまいます。固定面積が狭いので仕方ないかなと。これがもっと広い面積で固めるなら大丈夫なのでしょうけど。

というわけで、手首から切り落として付け替えることとしました。本当は壺を持つ左手も作り直して付け替えたい気はするのですがそうするといつまで経っても終わらないので、とりあえずそっちは良しとしましょう。
手首から切断

既に手だけ作ってあるものの、木目模様が全く合わないことに今更気付き、また作り直しです。今度はしっかり木目を選ぼう。

切る時にのこぎりの歯で傷を付けそうで怖い…。こういう作業では細工用の細くて小さいのこぎりを使います。私が持っているのは玉鳥レザーソーですが
のこぎり
仏像彫刻仲間が持っているオルファのカッター型のこぎりは小さいながらも細かい部分をしっかり切れます。カッターの刃と同じしまい方ができて便利。大きな面積を切るには向きませんがこういう入り組んだ小面積には向いてます。

苦労に見合った輝き

2018年4月9日 [ 習作] [ ]

仏像彫刻ではケヤキというのはあまり使わないと思います。理由は、堅すぎて彫るのが大変だからだろうと。彫刻刀では刃が欠けます。それより丈夫なノミでも欠けます。彫るにはかなりの根性が要る材だと思います。

大黒柱がケヤキのイメージです。堅くて丈夫。艶があってつるっとした外観。

教室で、ケヤキで仏像を彫っている方がいました。やはり堅くてノミの刃がボロボロになってしまい、彫るのには非常な苦労をしていました。ですが、出来上がった作品は他の材には見られない艶と輝きを放っていたのです。仏像そのものの造作の良さに、木材の美しさも相まって、その苦労が報われたようでした。

それを間近で見ていた私は、苦労をいとわず頑張ったら良い事あるんだ…と思ったのでした。私はケヤキを彫るなんてとてもとてもできませんが、自分なりに頑張ればそれに見合った何かが残るような気がしたのでした。