没イチ

2019年2月14日 [ CAT 雑記] [要素:]

連れ添いを失くし独りで暮らす男性たちが「没(ぼつ)イチ ランウェイ」と称したファッションショーを開いたと、新聞で読みました。バツイチならぬ没イチだそうで。特に男性は遺されると暮らしそのものに支障が出る人も多いようで、女性に比べてしょんぼりしがちです。そんな人たちが亡き妻の分まで楽しんで生きていこうとする試みとのことでした。

没イチ…愛のあるお茶目なネーミングだと思いました。ただし、これって当事者が自分の事を紹介するのに使うからそう感じられるのだと思います。「ぴんぴんころり」と一緒で、自分の事として言う分にはいいけど他人から言われたくない言葉かも。例えばまだ亡くなったことを受け入れられずにいる時とか、特に。

私の周りには、若いうちに夫を亡くし働きながら子育てして頑張ってきた女性が何人もいます。その方達に共通するのが明るさと行動力。輝くような今を生きていて、苦しかったであろう過去の事すら楽しく話してくれます。私の母親もこんな生き方をしてくれていたらなぁとつい思ってしまいますがそれは置いといて。

喪失の哀しみは、寄せる波のごとく、あるいは間欠泉のごとく感じます。明るく笑って過ごしている次の瞬間、触れることすらできない現実に絶望したり虚しさに後ろを向いたり。そしてまた前を向こうと進んでみては、落ち込んでみたり。心の底には決して消えることのない哀しみが埋もれていて、たまに顔を出しては引っ込んでを繰り返しながら、時間をかけて少しずつ痛みが癒えていくように思います。
蓮華と小地蔵さん

大切な存在を失った悲しみはどれだけ時間が経っても0にはならないかもしれません。でもそれでいいんじゃないかな。不幸でいようとさえしなければ。悲しみを解消できるならそれはその方がいいでしょうけども、解消できなくても、哀しみを懐深くに抱えたまま幸せに生きればいいと私は思います。

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